今日、長男が通っているサッカースクールを見ていて、ちょっと厳しいことを言ってしまった。
コーンドリブルの課題で、長男は途中、明らかに「あれ、これどうやるんだろう」という顔をしていた。でも、聞くでも、考え込むでもなく、なんとなくその場をやり過ごしていた。わからないことを、わからないまま流す。多分本人にとっては、その場をしのぐ一番ラクなやり方なんだと思う。
そのあとの1対1でも、同じことが起きた。コーチから「さっきのコーンドリブルで使った技を、1対1でも使ってみて」と言われていたのに、結局最後まで、自分が得意なイン・イン・アウトのドリブル以外では誰も抜けなかった。得意なものに頼れば、その場は何とかなる。でも、それだと新しいものは何も増えていかない。
認められることと、上手くなることは別物
見ていて感じたのは、長男は「サッカーを深めよう」というより、「誰かに認めてもらおう」という軸で動いているんだろうな、ということだった。ミスをごまかすのも、得意技に逃げるのも、根っこは同じだと思う。評価を落としたくない。下手だと思われたくない。
でも、プロを目指すなら、その姿勢のままでは多分厳しい。うまい人ほど、できないことをできないまま晒して、そこに向き合っている。だから伸びる。逆に言うと、認められることが目的化すると、できないところを隠す方向にしか力が働かない。それを、その場で長男にそのまま伝えた。「それじゃあプロにはなれない」と。優しい言い方ではなかったと思う。
コーチとして他所の子を見ている時なら、もう少し余裕を持って言えると思う。でも自分の子となると、期待もあるし、いらだちも混ざる。そのあたりの線引きは、正直まだうまくできていない。
次男は次男で、別の課題を抱えている
一方で次男を見ていると、遊び半分なところはありつつも、わからなければ「これどうするん?」と素直に聞く。そこは長男より柔らかい。ただ次男には次男の壁があって、明らかに自分より弱い相手に勝って、それで満足そうにしている。強い相手に挑む前に、勝てる相手を選んでいる感じがする。
二人を並べて見ると、同じ「認められたい」でも出方が全然違うんだなと、あらためて思った。長男は「できない自分」を見せたくなくて固まる。次男は「勝てる自分」でとりあえず満足する。どちらも、いつか越えないといけない壁だと思うけど、越え方は多分ひとりずつ違う。
強く言った後、僕自身も意固地になっていた
家に帰ってから、長男に「さっきの言い方、もう少し優しくしてほしい」と言われた。多分、本人なりに傷ついたんだと思う。
でも、正直その言葉はすんなり受け止められなかった。僕としては、思ったことを正直に伝えているつもりで、そのスタンスごと否定されたような気がしてしまって、そこで長男とちょっとぶつかる形になった。大人げないと言われればその通りだと思う。
間に入ってくれたのは妻だった。育休中で余裕があるわけでもないのに、両方の言い分をならしてくれた。そこは素直にありがたかった。
朝5時の申し入れ
そのやり取りのあと、長男から「明日の朝5時に、一緒に練習に行ってほしい」と申し入れがあった。妻に促されたわけではなく、自分から言ってきたらしい。
叱られたから謝る、でも渋々、みたいな空気ではなくて、「じゃあ朝練しよう」という、自分なりの取り返し方を自分で思いついた感じがした。それが、父としては素直に嬉しかった。
上手くなるかどうかは、正直まだわからない。得意技に逃げる癖も、一朝一夕には直らないと思う。厳しく言ったことが正解だったのかも、今もはっきりとは言えない。
ただ、叱られて終わりじゃなく、自分で「じゃあどうする」を考えて、しかも朝5時という具体的な形に落とし込んできたのは、長男なりの成長だと思う。明日、実際に一緒にボールを蹴りながら、また何か気づくことがあるかもしれない。そのくらいの距離感で、明日の朝は付き合おうと思う。


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