長男と次男、それぞれの「過渡期」

サッカー

スクールと前回の試合を続けて見ていて、長男と次男のサッカーが、今ちょうど過渡期にあるんだろうなと感じた。どちらも伸びていないわけではない。でも、どこかで足踏みしている。しかも、その足踏みの仕方が二人でまったく違う。

長男は「わかっている」のに、間に合っていない
足は速いのに、一瞬が遅い

長男は、意識していること自体はいろいろあるんだと思う。練習のあとに話を聞くと、何を大事にしているかはちゃんと持っている。ただ、スクールでコーチに言われたことを、その場ですぐプレーに反映できていない場面が多い。

試合でも、節々で戦えていない場面があった。足は速いのに、一瞬の出足が遅れる。いわゆる「センスがある」と言われるプレーとは、逆の選択をしている場面がいくつも目についた。見ている側としては、もどかしさが正直ある。

能力より、条件の問題かもしれない

ただ、見ているうちに、これは能力の問題とは少し違う気がしてきた。

以前、夜の公園で2対1をしたとき、長男は状況を見て、フェイントもパスも仕切り直しも選べていた。つまり、判断する力そのものはある。それがスクールや試合で出てこないのは、判断に回す余裕が残っていないからなんじゃないかと思う。

慣れない相手、口で伝えられる複数の指示、うまくやらなきゃという緊張。そういうものが重なると、頭の中が処理でいっぱいになる。そうなると、耳から入る指示はたぶん素通りしてしまうし、一瞬の判断も遅れる。仕事柄、子どもの「できない」の裏にある条件を見立てることが多いけれど、自分の子になると、その視点がつい抜け落ちていたなと思う。

次男は、居心地のいい場所に落ち着いている
年少からの積み重ねが、今は逆に働いている

次男は年少からサッカーを続けてきて、今は年長になった。早くから始めた分、ある程度できることが多かった。でも最近は、周りの子の伸びに合わせて自分もうまくなっていく、という感じが見えてこない。スクールでも、あの子みたいになりたい、と思って動いているような場面は少ない。

早く始めた分の貯金で、なんとなくやれてしまっている。それが今は、甘えのような形で出ている気がする。

甘えなのか、避けているのか

ただ、単純に甘えと片づけていいのかは、少し迷っている。

次男は、相手の意図や周りの空気に気づくのが早い子だ。その力が今は、無理をしなくていい位置に自分を置く方向に働いているのかもしれない。周りとの差が見え始めた年齢だからこそ、勝てない場面を無意識に避けている可能性もある気がする。

打ち手は、たぶん逆になる

同じ「スクールで伸びていない」でも、原因が違えば打ち手も変わるんだと思う。

長男に必要なのは、負荷を下げることだと考えている。スクールのあとに、コーチの話を覚えているかを聞いてみて、入っていないのか、入っているのにできないのかを分けて見ていきたい。スクール中に僕が外から声をかけるのも、たぶん余計な負荷になる。そこはしばらく控えようと思う。

次男には逆に、目指す基準を少し上に置いてあげたい。気づく力がある子なので、うまいと思う子を自分で選ばせて、何がうまいのかを考えさせてみる。リフティングが少しずつ伸びたときのように、自分で決めた目標なら、たぶん粘れる。

過渡期は、過渡期のまま見ていく

どちらも、すぐに答えが出る話ではないと思う。仮説が外れていることも十分ありえる。

それでも、「なぜできないのか」を二人別々に考えられるようになったのは、父として少しだけ前に進めた気がしている。過渡期というのは、たぶん次の形に移る途中のことだ。焦って形を決めずに、しばらくはこの途中の景色を、ちゃんと見ておこうと思う。

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