今日は仕事終わりに、公園で子どもたちとサッカーをした。長男と次男、それに近所の子も混じって、2対1をやることになった。
長男を1人にして、次男と近所の子が2人がかりで挑む形にしたのだけど、正直、思っていた以上に長男が圧倒していた。相手が寄せてくると、右に行くと見せて左に切り返す。詰まったらパスを選ぶ。それも無理なら、もう一度仕切り直してドリブルで運ぶ。同じ場面でも、その都度違う答えを出していた。
## 「選べる」ようになると、プレーは楽しくなる
これまで長男には、練習の中でわりと厳しく言ってきた方だと思う。基礎練習でも試合でも、できていないところを見つけては指摘してきた。本人はその都度、あまり嬉しそうではなかったし、僕自身も「これでいいのかな」と思うことはあった。
でも今日、公園で2対1をしている長男を見ていて、ようやく積み重ねてきたものが形になってきたんだと感じた。左右のフェイント、パス、ドリブル。ひとつしか持ち駒がなければ、相手にすぐ読まれて終わる。それが今は、状況を見てから選べるようになっている。選択肢があるということは、たぶん本人にとっても余裕が生まれるということなんだと思う。厳しく言われてきた練習の中身が、いつの間にか「使える道具」に変わっていた。
案の定というか、今日の長男は表情が違った。相手を抜くこと自体より、どう抜くかを選ぶこと自体を楽しんでいるような顔をしていた。これまで結果ばかり気にしていた僕が、今日は珍しく、その過程を見ていて嬉しくなった。
## 次男は次男で、地味に積み上がっていた
一方の次男は、まだ長男や近所の子には歯が立たない。ドリブルで果敢に仕掛けてはいるけれど、体格差もあって簡単には崩せない。それでも、次男には次男のペースで積み上がっているものがあった。
試合の合間にリフティングをしていたのだけど、年長にして、ノーバウンドで10回続けられるようになっていた。以前はすぐにボールを落としていたのが、今日は安定していた。派手さはないけれど、これも間違いなく積み重ねの結果だと思う。兄弟でも、伸びる場所もタイミングもまったく違う。
## 結果より先に、楽しみ方を見つけていく
厳しく言うことと、楽しそうにやっている姿を見ること。この両方が今日は同じ場面の中にあって、なんだか不思議な気分だった。多分、厳しさだけでは選択肢は増えない。かといって、楽しさだけでも積み重ねは生まれない。両方があって、今日みたいな夜が来るんだと思う。
次男のリフティングも、長男のドリブルの選択肢も、今日突然できるようになったわけじゃない。地味な繰り返しの先に、こういう夜があるんだと、あらためて思わされた。
明日も同じようにできるとは限らない。それでも、選ぶ楽しさに気づいた長男の顔は、しばらく忘れられそうにない。


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