昨日の練習は、途中まですごく良かった。長男も次男も、失敗を怖がらずにチャレンジしていて、見ていて気持ちのいい時間が続いていた。こういう日は、横で見ている僕も自然と口数が減る。言うことがないというのは、コーチとしても父親としても、ちょっと嬉しい状態だと思う。
ただ、その流れは一つのファールで途切れた。
不可抗力のファールと、何度も繰り返された確認
次男が長男にファールをしてしまった。わざとではなく、プレーの流れの中で起きた、不可抗力と言っていい接触だった。
問題はその後だった。次男が長男に、何度も何度も大丈夫かと確認し続けた。心配しているのは伝わってくる。でも、その確認が重なるほど、長男の表情がどんどん険しくなっていった。そして最後には地団駄を踏んで、態度に出した。
その態度を見て、僕は長男に帰れと言って怒った。真剣にやっている場で、ああいう形で感情をぶつけるのは違うと思ったからだ。強い言い方だったのは自分でもわかっている。
落ち着いてから、二人に伝えたこと
少し時間を置いて、お互いに落ち着いてから、二人それぞれと話をした。
次男へ:謝りすぎないこと
次男には、勝負の世界であんなに謝ると、相手は「じゃあ最初からやるなよ」と思ってしまうかもしれない、という話をした。一言ごめんでいい、と。
次男の優しさは、多分この子の良いところだと思う。ただ、謝罪が重なりすぎると、相手にとっては慰めではなく、むしろ気持ちの逃げ場をなくしてしまうことがある。本気でぶつかり合う場所では、短く謝って、また次のプレーに戻る。そのほうが、お互いにとって楽なんだと思う。
長男へ:許すことと、言葉で伝えること
長男には、二つのことを話した。一つは、真剣にやっている中で起きたことを許してあげられること。もう一つは、嫌だったなら態度ではなく、きちんと言葉で伝えること。
長男の気持ちも、わからなくはない。痛かったのかもしれないし、何度も確認されること自体がしんどかったのかもしれない。ただ、それを地団駄で表現してしまうと、相手には何が嫌だったのか伝わらない。言葉にできれば、次男も一言で済ませられたかもしれないし、多分お互いの負担はもっと小さかった気がする。
サッカーの技術の話ではないけれど、兄弟で一緒にボールを蹴る以上、ここは避けて通れない部分なんだと思う。
2対1プラス1で考える、突破・縦パス・横パス
気持ちの話が落ち着いたあとは、プレーの話に戻った。
三角形の頂点を、最短で取りにいく
伝えたのは、2対1プラス1の考え方だ。ボールを持つ人、その周りにいる味方、そしてもう一人。三角形の頂点になる人、もしくはそのスペースを、いかに最短で取りにいくか。そのための手段として、突破、縦パス、横パスを考えていく、という話をした。
これは思いのほか、うまくできていた。どこを狙えば前に進めるのかを、二人ともそれなりにイメージしながら動けていたと思う。選択肢を持って考えるということが、少しずつ身についてきているのかもしれない。
スピードに乗らないと、突破はできない
一方で、はっきり課題として残ったのが突破だった。ある程度スピードに乗らないと突破はできない、ということも伝えたのだけど、実際にはスピード不足で抜けない場面が何度もあった。
面白かったのは、縦パスという選択肢が消えて、突破しかない状況になった途端、長男が難しそうにしていたことだ。パスという逃げ道、というより選択肢があるときはうまく判断できるのに、自分で運んで抜くしかないとなると、一気に苦しくなる。次男も、突破の場面になると同じように難しそうだった。
選択肢を持つことと、一つの選択肢をやり切れることは、多分別の力なんだと思う。今の二人は、前者が育ってきた分、後者の課題がはっきり見えてきた段階なのかもしれない。
途中で途切れた練習が、教えてくれたこと
途中まで良かった練習が、ファール一つで崩れた。それ自体は、正直もったいなかったと思う。ただ振り返ってみると、あの場面がなければ、謝り方や許し方について二人と話す機会はなかった気もする。
スピードに乗った突破も、一言で済ませるごめんも、相手を許す余裕も、どれも一日で身につくものではない。次の練習で、また同じようなファールが起きたとき、二人がどんな顔をするのか。少し楽しみにしている自分がいる。


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